わずかな1文に薫る日本

先に言ってしまいましょう。自分、正直言いまして『三島由紀夫作品』はほぼ読んだことがございません!しかし、ここではその三島由紀夫氏のことを取り上げてしまおうという、いたって無謀なことをやらかそうとしていたりします。

ええ!そりゃもう無茶苦茶無謀であることは百どころか千も万も承知です!
それでもふと、おもうところがあったのですよ。

それというのも…金曜だったか土曜だったかSMAPの誰だかの番組で三島由紀夫氏のことを取り上げていたのがきっかけだったのですが、人物的なものにははっきりいってあまり興味はありませんでした。憂国の云々~言われたところでその演説に感銘を受けるようなこともありませんでしたし、割腹自殺を『潔い散り際だった』だなんて到底思えなかったものですから…

主張するなら生きて自分の口で、若しくは筆でが常套でしょ?!というのが自分的な考えなので、まず自分の命を絶つ際を探しながらの人生自体が理解出来ませんでしたしね。『死ぬ』ことってそんなに綺麗なことでも格好のいいことでもありませんよ。主張に力を与えるものでもありませんよ。人々の印象に残ることがあったとしても、結局そんな記憶はあっさり薄れていくんですよ。

でもね、彼が書いた小説の一節をみたときには彼の人格云々やら生き方云々なんて全部ふっとんでしまいましたね。記憶力が鳥以下なので今ここに一節を~なんてことをすると墓穴ほりまくりそうなのでやめておきますが(著作権もヤバイのかな(^^;)?)あの表現は現代作家さんの中にはまずそう出てくるものではないですよ。

正直言うと、今の売れ筋小説というのは確かに感動も泣きも出来る良質なものがたくさんあるとはいえ、その表現が率直でわかりやすくていいという反面、読みながら読者がその情景を浮かべたり、感情を思ったりするような『想像』をかきたてるようなものは少ないと思うんですよ。そりゃ、読んですぐにわかる物の方が入りやすいし、人にはウケがいいでしょうし、何より的確に作者が伝えたいことが読者に届くことでしょうし。いいこと尽くめだとは思うんです。

でもね…少し物足りないなぁ~というところもあるんですよね。

最近の若手作家様がとても偉い賞をとってニュースになったりしているので、どんなに凄い作品が出てきたのだろう?と思うと、ぱら読みした時点で『確かに内容は衝撃的で凄いね!』という印象は受けるんですが、そのぱら読みだけでなんとなく作風がわかってしまう気になるなぁ~って思ってしまって、そこで購読意欲がしぼんでしまうんですよね(-""-;)

自分、かなりひねくれた本の読み方しているせいだろうってことはわかってます!でもね…

その点でいくと三島氏の作品というのは言葉を面白いように並べ立てて『さて想像しろ、今この場面ではどのような景色が広がっている?今この時はどのように過ぎている?』というのを読者に挑むように投げかけているようなところがあるんですよね。

あの表現技法はとてもじゃないけど真似出来るものじゃないなって思うんですよ。
小難しい言葉を並べ立てて似非物書きを気取って、実際には誰にも、書いた本人にすら後からみかえせば何が言いたかったのかわからなくなるような文章を作り上げることは誰にでも出来るでしょうが、いつの世にあってもそこから『想像』を引き出す文章というのは、そんな落とし穴にはまることなく燦然とそこにあるんですよね。

だいたいにしてそういう作品というのは『再読可能』作品であることが多いんですよ。いや、どれだって再読したきゃすりゃいいじゃん!なんですケド、そうじゃなくて読む度に感じ方、捕らえ方がかわり、別の作品のようにすら感じることがあるという意味での『再読可能』作品です。読者一人一人どころか、その一人が生きてきた時間の長さによっても恐らくその言葉から想像される情景は変わっていくんですよ。

そういう意味では三島由紀夫氏という人の一文に日本の文学がこめられてるな~って思ったんですよね。

しかし…恋愛小説系が読めないので(イレギュラー恋愛も含)彼の作品に手を出す日が来るのか否かは定かではないんですケドね…(^◇^;)←っておいおいお~い!?

どっぺん。。。
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by r_elemental | 2005-11-28 13:31 | 折り詰め作成中(日常雑記)
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