『命』の器


 一瞬の内に身体を失った人間の『魂』は一体何処へいくのだろう…?

20年前の今日、御巣鷹の尾根に散った犠牲者は…
直前まで自らの家族に宛てた手記を残そうとしていた、最期まで精一杯の想いを『形』に残そうとしていた、あの犠牲者の『命』は一体何処へいったのだろう…?

麓を流れる神流川には今年も灯篭が浮かべられました。

犠牲者の多くは遺体の損傷が激しく、身元確認が容易に出来るような五体満足な方は少なかったそうです。歯型で確認された方もいました。他の部位がみつからず、足の一部だけで確認された方もいました。

失われた身体は、今もなお御巣鷹の尾根に残されているのでしょうか。
20年の歳月を経て土に還っているのかもしれません。
事故直後、物質世界に存在することを許されない状態にまで昇華されてしまったのかもしれません。

『命』の器は無残にも破壊され、消えて逝きました。

直前まで存在していたはずの『魂』は身体と共に御巣鷹の土に還ったのでしょうか?
『想』を抱えたあの『命』は山に溶け込み、地下水に溶け出して麓の川に流れていったのでしょうか?

遺族の方々は今年も御巣鷹を訪れています。そして麓の川に灯篭を流しました。

何処にいってしまったのかわからない『命』へ
『どうか安らかに』と…

20年の歳月は事故を人々の記憶から風化させるには十分な時間です。
でもそれは、『記憶を薄らがせるということ』の意味でしかありません。
記憶が薄らいでも事故の事実は消えることはない。
事実がもたらす『痛み』を抱えて生きることに、強制的に慣らされただけです。
慣れることが『痛み』を感じなくなることではありません。

未だ同じ過ちを黙認しますか…?
またあの悲劇を繰り返すつもりですか…?

~20年目の夏と最近のニュースに寄せて~
日航機墜落事故に関する書に触れる機会があったものより

どっぺん。。。
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by r_elemental | 2005-08-12 11:39 | イレギュラーな具材たち
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